色にひかれて絵に出会う
林恭子が最初に心を動かされたのは「かたち」ではなく「色」だった。
幼いころ、彼女は朝から夕方まで夢中で輪飾りを作っていたという。
たくさんの折り紙を並べて、好きな色の組み合わせを見つける時間は、まるで自分だけの秘密の研究だった。舞台の照明や人の服の色さえ気になるほど、色彩への関心は強かった。
高校生のころに美術予備校へ通い始めたことがきっかけで、林は本格的に美術の道へ進むことを決める。
そこで出会ったのが日本画というジャンルである。中でも「岩絵の具」と呼ばれる、鉱物を砕いて作られた絵の具に魅了された。
水彩のようなにじみがありながら、粒子の大きさによって質感や光沢が変わる岩絵の具は、自然の力をそのまま絵に取り込むことができる素材である。
林はこの岩絵の具を使って、春の湿った空気や秋の乾いた風のような「見えないけれど感じるもの」を描きたいと考えるようになった。
彼女の作品は、そうした空気感を画面の中に閉じ込めるための実験のようでもある。
一気に描く、その理由
林恭子の制作方法には、ある種の決断力が求められる。
完成イメージをきっちり下描きすることはない。日々の散歩やドローイングからイメージを集め、白い画面の前に立った瞬間に、手が自然と動き始める。
絵の具を筆で置き、時には指でのばし、にじみや偶然にできる形を大切にする。
描きながら構図を考えるこのやり方は、まるで一発勝負のような緊張感がある。
一度の筆の動きが絵の全体に影響を与えるからだ。描き始めに違和感を覚えた場合は、すぐにその作品を剥がしてやり直すこともある。
このように林は、偶然性と計算のバランスを意識している。
筆の勢いや、画面に残された余白の「間」は、意図的にコントロールされているものである。
絵の具の粒子が残す質感とにじみ、その上に置かれた一筆が見る者の記憶や感覚に語りかける。
制作の最後には、完成間近の作品を一度裏返して寝かせ、冷静な目で足りない部分を見直す。
まるで時間と距離を置いてから相手の気持ちを考えるような、慎重な仕上げ方である。
暮らしに咲く絵
林の作品の中でも、「Bouquet(ブーケ)」シリーズは特に人気が高い。
これは実際に花屋で花を選び、花瓶に活け、観察しながら描かれる作品である。描くモチーフはカーネーションやバラ、エリンジウムといった生花だが、完成した絵は「枯れない花束」として、暮らしの中にとけこんでいく。
丸い画面に描かれたブーケの絵は、飾るだけで部屋の空気をやわらかくし、まるでそこに本物の花があるような印象を与える。
林は「花のいちばん美しいときの香りや色を絵に写したい」と語る。そのために、花が枯れるまでアトリエで一緒に過ごし、日々変わる表情を目に焼きつける。
このようにして描かれる林の作品は、ただの抽象画ではない。
色や線の中に、彼女自身の生活と観察の記録が詰まっている。だからこそ、見る人は作品から「静かな変化」や「やさしい季節の気配」を感じ取ることができるのだ。
林は「絵が誰かの生活の一部になれたらうれしい」と語っている。
その言葉どおり、彼女の作品は鑑賞するだけでなく、暮らしに取り入れることで真価を発揮する。
日々のなかでふと目をやるたびに、季節の空気や、誰かと過ごした時間が静かによみがえる。
そんな絵を一枚、自分の部屋に迎えてみるのも、きっとわるくない選択である。
林恭子の作品は以下で展示販売しています。
『伝えていきたい日本の美意識』
🗓3/26(水)~3/31(月)
🕒10時~20時
📍博多阪急 8階催場 最終日17時閉場
Schedule
Public View
4/19 (sat) 11:00 – 19:00
4/20 (sun) 11:00 – 17:00
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F